2010年10月19日
天使の正体
最近のおひーさまは、成長して自我が芽生えたためか?
結構、暴力的な側面を見せるのです
先日、添い寝をしていた所、私の右目にかかと落とし~
目から火
が飛んで、一瞬、「この悪魔~~!」と思いましたわ~
また、凄い力で私の髪の毛を引っ張るので、
「おひーさま、痛いよ!痛いから離して!」と言えば言うほど、
嬉しそう~
に、髪の毛を引っ張り続けるのです
よく「ダウン症児は天使」という言葉を聞くけれど、
おひーさまだけは例外?
もしかして天使の仮面を被った悪魔?
とか思っていた時に、目にした本が、
『天使の正体』
ダウン症の書家である金澤翔子さんの
お母様の金澤泰子さんが書かれた本です。
やっぱり、天使の正体って悪魔だったりして・・・
早速購入して、読み進めて行くと、
うん、うん・・・と頷くことばかり
お母様は翔子さんがダウン症児として生まれてきたことを
長い間受け入れることが出来なかったようで、次のように
書かれています。
「『障がい児を生んだということに耐えられる母なんていない』
と悲痛な叫びが心の中にあった。泣いて、泣いて、じたばたして、
諦めて、慣れて、永い間かけてやっと障がい者の母になってきた」
これまでの人生を凝縮した文章で、お母様のお気持ちが
手に取るように理解できます
まぁ、ひーままの場合は・・・
障がいや疾患があっても、よく生まれて来てくれたね
という気持ちの方が強いせいか、悲痛な叫びは全くなく、
「耐えられる」という概念もないのですが・・・
こんなひーままとお母様との違いは、何と言っても、
おひーさまが情報化の時代に生まれて来てくれたこと!
17日の記事で、「ダウン症児は長くても20年しか生きられない」
と医師から言われ、「ネットに40歳って書いてありましたけど・・・」と
思えたことも一つの事例。
お母様の時代は、「ダウン症児は一生寝たきり」と言われたそうで、
私も20年以上前におひーさまを出産していたら、お母様と同じように、
泣いて、泣いて、泣きながら、障がい者の母になったのだと思います。
そんなお母様はこんなことも綴っていらっしゃいます。
「悔やまれてならないのは、翔子の幼い魂に、豊かで暖かい母親の姿
(世界)を刻んであげられなかったことです。重大な失敗をしてしまった
ダウン症児を育てた先輩として、現場から、これからダウン症児を育て
られるお母様と、その周りの方々に、
「大丈夫!上手に接すれば、必ず至福の時が来ます。
ダウン症児というより、特別に、恵まれた資質をたくさん持って、
まさしく千人に一人、選ばれてこの世に降り立って来たのです
と申し上げたい」
正に、その通りだ!と思います
太線の部分の頷き速度は、もうマッハレベルに~


ダウン症児を育て上げた大先輩の言葉から
多くの勇気を頂きましたぁ~~~


同じように、お母様の言葉から勇気を貰った当時3カ月だった
ダウン症女児のママさんからのコメントをご紹介させて頂きます。
(ようこさん、ご紹介が今頃になってしまってすみません<m(__)m>)
「私の勇気を貰った言葉は 「想像を絶するほど、優しい娘に成長する。
この世に起こったことは、それはそれで絶対的に良い。
この世に起こることは、それはそれで大丈夫。」
書家の金沢翔子さんのお母様の書かれた本に載ってた言葉です。
この言葉を母子手帳に書き込んで、 心がくじけそうになったら、
この言葉を思い出し、ひーままさんのホームページに寄らせて頂いています。
ようこさん、素敵なコメントをありがとうございました<m(__)m>
私も、お母様の文章からは、たくさんの元気と勇気を頂いているので、
また回数を分けてご紹介させて頂きたいと思っています
ダウン症の書家・金澤翔子の物語
『天使の正体』
著者:金澤泰子
発行所:かまくら春秋社
ご訪問ありがとうございます<m(__)m>
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結構、暴力的な側面を見せるのです

先日、添い寝をしていた所、私の右目にかかと落とし~

目から火


また、凄い力で私の髪の毛を引っ張るので、
「おひーさま、痛いよ!痛いから離して!」と言えば言うほど、
嬉しそう~


よく「ダウン症児は天使」という言葉を聞くけれど、
おひーさまだけは例外?
もしかして天使の仮面を被った悪魔?
とか思っていた時に、目にした本が、
『天使の正体』
ダウン症の書家である金澤翔子さんの
お母様の金澤泰子さんが書かれた本です。
やっぱり、天使の正体って悪魔だったりして・・・
早速購入して、読み進めて行くと、
うん、うん・・・と頷くことばかり

お母様は翔子さんがダウン症児として生まれてきたことを
長い間受け入れることが出来なかったようで、次のように
書かれています。
「『障がい児を生んだということに耐えられる母なんていない』
と悲痛な叫びが心の中にあった。泣いて、泣いて、じたばたして、
諦めて、慣れて、永い間かけてやっと障がい者の母になってきた」
これまでの人生を凝縮した文章で、お母様のお気持ちが
手に取るように理解できます

まぁ、ひーままの場合は・・・
障がいや疾患があっても、よく生まれて来てくれたね

という気持ちの方が強いせいか、悲痛な叫びは全くなく、
「耐えられる」という概念もないのですが・・・

こんなひーままとお母様との違いは、何と言っても、
おひーさまが情報化の時代に生まれて来てくれたこと!
17日の記事で、「ダウン症児は長くても20年しか生きられない」
と医師から言われ、「ネットに40歳って書いてありましたけど・・・」と
思えたことも一つの事例。
お母様の時代は、「ダウン症児は一生寝たきり」と言われたそうで、
私も20年以上前におひーさまを出産していたら、お母様と同じように、
泣いて、泣いて、泣きながら、障がい者の母になったのだと思います。
そんなお母様はこんなことも綴っていらっしゃいます。
「悔やまれてならないのは、翔子の幼い魂に、豊かで暖かい母親の姿
(世界)を刻んであげられなかったことです。重大な失敗をしてしまった
ダウン症児を育てた先輩として、現場から、これからダウン症児を育て
られるお母様と、その周りの方々に、
「大丈夫!上手に接すれば、必ず至福の時が来ます。
ダウン症児というより、特別に、恵まれた資質をたくさん持って、
まさしく千人に一人、選ばれてこの世に降り立って来たのです
と申し上げたい」
正に、その通りだ!と思います

太線の部分の頷き速度は、もうマッハレベルに~



ダウン症児を育て上げた大先輩の言葉から
多くの勇気を頂きましたぁ~~~



同じように、お母様の言葉から勇気を貰った当時3カ月だった
ダウン症女児のママさんからのコメントをご紹介させて頂きます。
(ようこさん、ご紹介が今頃になってしまってすみません<m(__)m>)
「私の勇気を貰った言葉は 「想像を絶するほど、優しい娘に成長する。
この世に起こったことは、それはそれで絶対的に良い。
この世に起こることは、それはそれで大丈夫。」
書家の金沢翔子さんのお母様の書かれた本に載ってた言葉です。
この言葉を母子手帳に書き込んで、 心がくじけそうになったら、
この言葉を思い出し、ひーままさんのホームページに寄らせて頂いています。
ようこさん、素敵なコメントをありがとうございました<m(__)m>
私も、お母様の文章からは、たくさんの元気と勇気を頂いているので、
また回数を分けてご紹介させて頂きたいと思っています


ダウン症の書家・金澤翔子の物語
『天使の正体』
著者:金澤泰子
発行所:かまくら春秋社
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