2010年08月15日
戦後65年に思う
今日は65年目の終戦記念日。
もちろん、ひーままは戦後生まれなので、
戦争の話はテレビや本などで見聞きしてきただけ。
出撃前夜の特攻隊員の手紙や原爆の後遺症に苦しむ方々の話など、
心が深くえぐられるように、辛く想像を絶する物が多い。
その中でも高校時代に聞いた話が未だに脳裏から離れない・・・。
沖縄戦の時、乳飲み子を抱いてガマに逃げ込んだお母さん。
お腹が空いていたのか赤ちゃんはずっと泣き続けている。
「その子を泣きやませろ!」
「その子のために、全員見つかってしまうだろう」
という大勢の無言の視線。
お母さんはいたたまれなくなって、ガマを出ていく。
しばらくして泣き声は止み、お母さんは息をしていない
赤ちゃんと共にガマに戻って来た。
お母さんが赤ちゃんの首を絞めて、静かにさせたのだ。
いくら大勢の人の命を守るためとはいえ、
戦争というあまりにも非常な状態にあったとはいえ、
我が子の命を自ら奪わなければならなかったお母さんの
心境はどのようなものだったのだろう?
戦争が終わり、世の中が平和になっていく中で、
そのお母さんはどのように時を過して行ったのだろう?
日本の繁栄や私達の幸せ
が、
こうした多くの方の犠牲の上に成り立っていることを
折に触れて感じなくてはならないと思う。
特に、母親になってからはそう思うことが多くなった。
今日のお昼の番組で「戦後65年-あなたは幸せですか?」
という特番をやっていて、100人にインタビューをしていた。
その結果、幸せ:85人、不幸せ:15人で、
意外に幸せと感じている人が多いんだなぁ~
同じ質問を自分に向けてみると、
やはり「幸せ」
思いもよらなかったママになることが出来て、
可愛いおひーさまと沢山の時を過すことが出来て、
これを幸せと言わずに何と言う
例えば、ブログを書き終わって寝室に行くと、
ひーぱぱと全く同じ格好でおひーさまが寝ている姿を見て、
幸せと思う(恐るべきDNAとも思うけれど・・・
)
番組のコメンテーターが「貪欲になると幸せは感じ難い」
と言っていたけれど、正にその通り!
幸せの捉え方は人それぞれだけれど、
捉え方次第で、いくらでも幸せになれる気がする
「自分は不幸だ!」「世の中が悪い」などと言っている間があったら、
(見方によっては、戦争犠牲者に対して失礼だと思う)
「幸せ探しの旅」に出てみると良い
案外、幸せは至る所にある(落ちている)気がする。
戦争で犠牲になった方々のことを思いながら、
その恩恵を頂いていることに感謝しながら、
ひーままはおひーさまから幸せをもらっています
お礼に?おひーさまには、戦争のことを語っていきます
二度とあの悲惨な戦争を起こさないために・・・
☆ランキングに参加しています☆
ポチッして頂けると、ますます幸せになれる
ひーままです\(~o~)/
にほんブログ村
にほんブログ村