2011年02月09日
障がい児との交流の重要性2
前回の記事の最後で触れたminminさんのコメントを
読んで何度も大きく頷きました
「要は(障がい児)と接したことがないのです。
無知の前に、存在を感じた事があまりないため、
興味もなく過ごしてきたように思います。」
私の場合は、特別支援学級のある小学校に通うことが出来て、
しかも、みよちゃんと同じ教室で過すことが出来た・・・
これって、本当に本当に大きな経験
だったのだ!
私は、本当に本当に幸せ者
だったのだ!
と改めて感じました
minminさんが指摘して下さったように、
機会がない→知らない→興味がない→偏見(ひどい場合)
になってしまうのだと思います。
人生最低最悪の日々のO医師も、今のダウン症児の姿や
現代の心臓手術の技術を知らなかったから、
「ダウン症児は長くても20歳までしか生きられない」と
言ったのだと思います。
「知っていて生んだのですか?」のK保健師も、
ダウン症児の親御さんとは5組しか接していなかった
(知らなかった)から、上記のような質問をしたの
だと思います。
もちろん、彼らは医師や保健師として仕事をしていく以上、
このくらいのことを勉強した上で、患者や利用者と接するのは
当然のことですが・・・
彼らのような専門職は別として、
「知らない人」や「知ろうとしない人」がただ悪いのではなく、
知ることのチャンスがないのが現状なのだと思います
ならば・・・
「知らざるを得ない?
」というシステムなり機会を
創っていけばいい訳ですよね?
では、ひーままに何ができるのか?
いつかゆっくりと書いてみたいと思っています
また、minminさんは以下のコメントも下さいました<m(__)m>
「娘の小学校には特別支援級があり、嬉しく思いました。
しかし同じ教室で学ぶ訳ではない・・と知り残念にも思いました」
こちらも、正にその通り!のコメントです。
私の卒業した小学校に特別支援学級(当時は養護学級)はあったけれど、
そこに在籍する生徒達との交流はほどんどなかったのです
年に何度か給食を一緒に食べる時間があったけれど、
自分の班に来ないと、結局、交流していなかったように思います
養護学級を訪れることもあったけれど、同じ学年の他のクラスに
入り難かったのと同じように、敷居が高く感じられていました
『障害があるからこそ普通学級がいい』の著者で、
障がい児を普通学級で受け入れて来られた片桐健司氏は、
「特別支援学級の生徒が使った水道の所だけ、
普通学級の子供達が並ばないなんてこともあって、
特別支援学級があっても、交流していないと意味がない!」
とご講演の中で仰っていました
このお話しは、ひーままにとって本当に耳の痛いこと・・・
実は、私も小学校の時に、養護学級の生徒が使った水道の所には
並ばなかった記憶が、この時に思い出されました
(子供心に、自分を「嫌な奴
」と思って記憶に残っていたのでしょう
)
でも、養護学級に移った後もみよちゃんの使った後の水道は使えたのです。
これは一重に、短い間だったけれど、みよちゃんと同じ教室で過ごし、
彼女のことを良く知っていたから、出来たのだと思います
片桐氏の仰る通り、特別支援学級という存在があっても、
実際に交流をしていないと意味がないのだと思います
中には、交流がほとんどないためか、自分の学校の中に
特別支援学級があることを知らなかった生徒もいたと
ママ友から聞いたことがあります
みよちゃんとの日々がなかったら、支援学校にボランティアに行くことも、
そこでダウン症児と出会うことも、もしかしたら、おひーさまと出会うことも
なかったのかな?そして、今の幸せ
もなかったのかな?
と真剣に考え始めました
そして、調布市特別支援学校のプレールームに感謝する前に、
障がい児と接するきっかけを創ってくれたみよちゃんと、
初対面のお姉さん
(←その時はねっ)に、ニコニコ近づいて来てくれた
ダウン症の子供達
に、心から感謝する44歳のひーままがいます
でも、よくよく考えると・・・
みよちゃんも、あの時は10歳くらいだったダウン症の子供達も、
今は、いいおっちゃん、おばちゃんになっているんですよね?
ちょっと想像して、笑みがこぼれました
みんなどんな風になったのかな・・・?
「今日のラッキー
」
雪も雨も降っていなかったので、ベビーカーに雨よけを
かけることなくおひーさまと外出すると、途中で霰が降りだし、
大つぶの雪まで降って来て・・・
通園バスのバス停に着いた時には、おひーさまはびちょびちょ・・・
でも、バスに乗ったら止んだので、わずか10分位の出来事!
「私の日頃の行いが悪い」と保育士さんに言ったら、
「おひーさまが初雪を見れて良かったじゃない」と。
「おひーさま、雪が見れて(当たられて)ラッキーだったね!」と
思うことにしました♪
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読んで何度も大きく頷きました

「要は(障がい児)と接したことがないのです。
無知の前に、存在を感じた事があまりないため、
興味もなく過ごしてきたように思います。」
私の場合は、特別支援学級のある小学校に通うことが出来て、
しかも、みよちゃんと同じ教室で過すことが出来た・・・
これって、本当に本当に大きな経験

私は、本当に本当に幸せ者

と改めて感じました

minminさんが指摘して下さったように、
機会がない→知らない→興味がない→偏見(ひどい場合)
になってしまうのだと思います。
人生最低最悪の日々のO医師も、今のダウン症児の姿や
現代の心臓手術の技術を知らなかったから、
「ダウン症児は長くても20歳までしか生きられない」と
言ったのだと思います。
「知っていて生んだのですか?」のK保健師も、
ダウン症児の親御さんとは5組しか接していなかった
(知らなかった)から、上記のような質問をしたの
だと思います。
もちろん、彼らは医師や保健師として仕事をしていく以上、
このくらいのことを勉強した上で、患者や利用者と接するのは
当然のことですが・・・

「知らない人」や「知ろうとしない人」がただ悪いのではなく、
知ることのチャンスがないのが現状なのだと思います

ならば・・・
「知らざるを得ない?

創っていけばいい訳ですよね?
では、ひーままに何ができるのか?
いつかゆっくりと書いてみたいと思っています

また、minminさんは以下のコメントも下さいました<m(__)m>
「娘の小学校には特別支援級があり、嬉しく思いました。
しかし同じ教室で学ぶ訳ではない・・と知り残念にも思いました」
こちらも、正にその通り!のコメントです。
私の卒業した小学校に特別支援学級(当時は養護学級)はあったけれど、
そこに在籍する生徒達との交流はほどんどなかったのです

年に何度か給食を一緒に食べる時間があったけれど、
自分の班に来ないと、結局、交流していなかったように思います

養護学級を訪れることもあったけれど、同じ学年の他のクラスに
入り難かったのと同じように、敷居が高く感じられていました

『障害があるからこそ普通学級がいい』の著者で、
障がい児を普通学級で受け入れて来られた片桐健司氏は、
「特別支援学級の生徒が使った水道の所だけ、
普通学級の子供達が並ばないなんてこともあって、
特別支援学級があっても、交流していないと意味がない!」
とご講演の中で仰っていました

このお話しは、ひーままにとって本当に耳の痛いこと・・・

実は、私も小学校の時に、養護学級の生徒が使った水道の所には
並ばなかった記憶が、この時に思い出されました

(子供心に、自分を「嫌な奴


でも、養護学級に移った後もみよちゃんの使った後の水道は使えたのです。
これは一重に、短い間だったけれど、みよちゃんと同じ教室で過ごし、
彼女のことを良く知っていたから、出来たのだと思います

片桐氏の仰る通り、特別支援学級という存在があっても、
実際に交流をしていないと意味がないのだと思います

中には、交流がほとんどないためか、自分の学校の中に
特別支援学級があることを知らなかった生徒もいたと
ママ友から聞いたことがあります

みよちゃんとの日々がなかったら、支援学校にボランティアに行くことも、
そこでダウン症児と出会うことも、もしかしたら、おひーさまと出会うことも
なかったのかな?そして、今の幸せ

と真剣に考え始めました

そして、調布市特別支援学校のプレールームに感謝する前に、
障がい児と接するきっかけを創ってくれたみよちゃんと、
初対面のお姉さん

ダウン症の子供達


でも、よくよく考えると・・・
みよちゃんも、あの時は10歳くらいだったダウン症の子供達も、
今は、いいおっちゃん、おばちゃんになっているんですよね?
ちょっと想像して、笑みがこぼれました

みんなどんな風になったのかな・・・?
「今日のラッキー

雪も雨も降っていなかったので、ベビーカーに雨よけを
かけることなくおひーさまと外出すると、途中で霰が降りだし、
大つぶの雪まで降って来て・・・
通園バスのバス停に着いた時には、おひーさまはびちょびちょ・・・
でも、バスに乗ったら止んだので、わずか10分位の出来事!
「私の日頃の行いが悪い」と保育士さんに言ったら、
「おひーさまが初雪を見れて良かったじゃない」と。
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Posted by ひーまま (陽満々) at 23:55│Comments(6)
│世の中に物申す
この記事へのコメント
現在、大学生です。
小学生の頃、普通学級でしたがクラスにはダウン症の子や自閉症の子や全盲の子がいました。そして、六年間共に学びました。色々なことが有りましたが障害者という区別なく友達の一人です。このように思えるのは小学校で一緒に過ごした時間があるからだと思います。
今でも、地元の友達と会う時はダウン症の友達が働く喫茶店でお茶をします。
小学生の頃、普通学級でしたがクラスにはダウン症の子や自閉症の子や全盲の子がいました。そして、六年間共に学びました。色々なことが有りましたが障害者という区別なく友達の一人です。このように思えるのは小学校で一緒に過ごした時間があるからだと思います。
今でも、地元の友達と会う時はダウン症の友達が働く喫茶店でお茶をします。
Posted by ナッツ at 2011年02月10日 14:54
ひーままさんこんばんんわ~^^
>機会がない→知らない→興味がない→偏見(ひどい場合)
そうなんですよね、障害児のこと、知らないから、触れ合う機会がないから、理解しようとしない、する気がない、になってしまう。
ひーままさんがおっしゃるように、
「普通学校」にいれる事が目的になってしまって、
結局は普通の子供と触れ合う事がないのでは、
せっかく普通学校に入れても意味がありませんよね、、、
これでは、「普通の子と接する為に」「普通学校にこだわる」事の意味がないような、、、
>機会がない→知らない→興味がない→偏見(ひどい場合)
そうなんですよね、障害児のこと、知らないから、触れ合う機会がないから、理解しようとしない、する気がない、になってしまう。
ひーままさんがおっしゃるように、
「普通学校」にいれる事が目的になってしまって、
結局は普通の子供と触れ合う事がないのでは、
せっかく普通学校に入れても意味がありませんよね、、、
これでは、「普通の子と接する為に」「普通学校にこだわる」事の意味がないような、、、
Posted by ヒナまま at 2011年02月10日 21:39
こんばんは。
ナッツさんのコメント、すごく素敵ですね(^^)
とても羨ましく思いました!
そして、私も中学の同級生で軽度の知的障がいのある
R子ちゃんの事を思い出しました!
R子ちゃんとは卒業以来会っていなかったのですが、社会人になって
数年後に、偶然同じ電車に乗りあわせ一緒に帰ってきた事がありました。
一方的に私が喋っていて、R子ちゃんはニコニコきいてくれました。
R子ちゃんはその時、老人ホームで働いてるとのこと、私は
「えー、R子ちゃん、そんなに細いのに老人のお世話とか、
お風呂とか入れてあげてるのー?!えらーーいっっ!すごーい!」
なんて言った覚えがあります。
バイバイした後「久しぶりにR子ちゃんに会えて良かった♪」と
思いました。
おなじクラスになった事はないけれど、R子ちゃんは同級生で、
友達の一人で、だから電車でバッタリ会った時も二人で並んで
喋って帰ってきたんだと思います。
そして当時、誰もR子ちゃんの事を嫌いではありませんでした。
小1の娘のクラスにも一人だけ、障がいを持つK子ちゃんと
いう子がいます。(どのような障がいなのか知りませんが)
先日、娘が手作りのビーズのうで輪を三つ作り、
「××ちゃんと、××ちゃんと、K子ちゃんにあげるの♪」と言って
学校に持ってゆきました。
「よしよし、交流してるね、よしよし」と思いました。
私も交流が大事だと思います!
学校などだったら、図工や音楽の時間は特別支援級の子供たちと
一緒に受けられるんじゃないのかな。。。とか考えたりしています。
でも本当は赤ちゃんのころから「知らざるを得ない機会・システム」
がある方がいいと思います。
なぜなら子育てをした母親は、みな赤ちゃんや幼児が
大好きだからです。ひーままさんがどこかでおっしゃっていた
「かけがえのないおひーさまという存在に障がいがくっついてるだけ」
という感覚が分かりやすくて偏見なんてふっとんじゃうんじゃないかな?と思うのです。
障がいがあってもなくても、子供も母親も一緒。子育ては
少し違うかもしれないれど、違うのは少し!という事を
「子育て中の母親に」知ってもらう事が大事な気がします。
それに赤ちゃんの頃から知っていたら、自然に親しみが
湧いて、広く障がい者に対しても偏見の気持ちなど薄れる
のではないでしょうかね。
ナッツさんのコメント、すごく素敵ですね(^^)
とても羨ましく思いました!
そして、私も中学の同級生で軽度の知的障がいのある
R子ちゃんの事を思い出しました!
R子ちゃんとは卒業以来会っていなかったのですが、社会人になって
数年後に、偶然同じ電車に乗りあわせ一緒に帰ってきた事がありました。
一方的に私が喋っていて、R子ちゃんはニコニコきいてくれました。
R子ちゃんはその時、老人ホームで働いてるとのこと、私は
「えー、R子ちゃん、そんなに細いのに老人のお世話とか、
お風呂とか入れてあげてるのー?!えらーーいっっ!すごーい!」
なんて言った覚えがあります。
バイバイした後「久しぶりにR子ちゃんに会えて良かった♪」と
思いました。
おなじクラスになった事はないけれど、R子ちゃんは同級生で、
友達の一人で、だから電車でバッタリ会った時も二人で並んで
喋って帰ってきたんだと思います。
そして当時、誰もR子ちゃんの事を嫌いではありませんでした。
小1の娘のクラスにも一人だけ、障がいを持つK子ちゃんと
いう子がいます。(どのような障がいなのか知りませんが)
先日、娘が手作りのビーズのうで輪を三つ作り、
「××ちゃんと、××ちゃんと、K子ちゃんにあげるの♪」と言って
学校に持ってゆきました。
「よしよし、交流してるね、よしよし」と思いました。
私も交流が大事だと思います!
学校などだったら、図工や音楽の時間は特別支援級の子供たちと
一緒に受けられるんじゃないのかな。。。とか考えたりしています。
でも本当は赤ちゃんのころから「知らざるを得ない機会・システム」
がある方がいいと思います。
なぜなら子育てをした母親は、みな赤ちゃんや幼児が
大好きだからです。ひーままさんがどこかでおっしゃっていた
「かけがえのないおひーさまという存在に障がいがくっついてるだけ」
という感覚が分かりやすくて偏見なんてふっとんじゃうんじゃないかな?と思うのです。
障がいがあってもなくても、子供も母親も一緒。子育ては
少し違うかもしれないれど、違うのは少し!という事を
「子育て中の母親に」知ってもらう事が大事な気がします。
それに赤ちゃんの頃から知っていたら、自然に親しみが
湧いて、広く障がい者に対しても偏見の気持ちなど薄れる
のではないでしょうかね。
Posted by minmin at 2011年02月10日 22:39
ナッツさん。
はじめまして!
コメントをありがとうございました<m(__)m>
6年間も一緒に過されたのですね?
とても羨ましいです。私も短い間だったけれど、
みよちゃんと過せたことを感謝すべきなんですけどね・・・
「障害者という区別なく友達の一人です。
このように思えるのは小学校で一緒に過ごした時間が
あるからだと思います。」
→正にその通りだと思います。
想像ではなく、実体験としての宝物を持った方の
意見なので説得力があります。
同じような体験から同じ思いを持っている方が
いらして下さったことは本当に嬉しいです☆
その喫茶店に私も一緒に行ってみたいです!!
「ナッツさんのお母さん?」とか言われちゃうかも
しれないけど・・・(笑)
はじめまして!
コメントをありがとうございました<m(__)m>
6年間も一緒に過されたのですね?
とても羨ましいです。私も短い間だったけれど、
みよちゃんと過せたことを感謝すべきなんですけどね・・・
「障害者という区別なく友達の一人です。
このように思えるのは小学校で一緒に過ごした時間が
あるからだと思います。」
→正にその通りだと思います。
想像ではなく、実体験としての宝物を持った方の
意見なので説得力があります。
同じような体験から同じ思いを持っている方が
いらして下さったことは本当に嬉しいです☆
その喫茶店に私も一緒に行ってみたいです!!
「ナッツさんのお母さん?」とか言われちゃうかも
しれないけど・・・(笑)
Posted by ひーまま
at 2011年02月12日 01:33

ヒナままさん。
こんばんわ~!
障がい児の親が子供を普通の小学校や普通学級に
入れたがる理由は、その子のためではなく、
「親の見栄」というケースもあるようですね・・・
おひーさまの就学先はその時になって考えますが、
彼女には障がい児、障がいのないお子さん、
外国籍のお子さんなど色々な子供さんと接して
もらいたいな♪と思っています。
そして、おひーさまがかつてのみよちゃんみたいな
存在になって、お友達に何らかの影響を与えることが
出来たら、親としてこんなに嬉しいことはないです☆
こんばんわ~!
障がい児の親が子供を普通の小学校や普通学級に
入れたがる理由は、その子のためではなく、
「親の見栄」というケースもあるようですね・・・
おひーさまの就学先はその時になって考えますが、
彼女には障がい児、障がいのないお子さん、
外国籍のお子さんなど色々な子供さんと接して
もらいたいな♪と思っています。
そして、おひーさまがかつてのみよちゃんみたいな
存在になって、お友達に何らかの影響を与えることが
出来たら、親としてこんなに嬉しいことはないです☆
Posted by ひーまま
at 2011年02月12日 01:42

minminさん。
こんばんわ~☆
minminさんのR子さんとの思い出、お子さんのK子ちゃん
との交流のお話しからも、いかに障がい児と交流していくことが
重要かが伺えます。
本当は、子育て中のお母さんにも障がいのことを伝えたいな~
と思っているんですけど、子育てサークルで出会ったお母さんに、
ダウン症のことを話している位なんです。
小さい時から知っていれば、「ダウン症のおひーさま」ではなく、
「おひーさま」として、お母さん方も接してくれると思うのです。
実家の近所のおばちゃん達(60~70代)がそうなので・・・
彼女達にとって、生まれた時から知っているおひーさまは
「おひーさま」でしかなく、障がいの部分はあまり関係ない
みたいなんです。ただ「可愛い」みたいなんです。
この感覚って、実はとても重要なんですよね?
私がみよちゃんの使った水道の列には並べたのに、
養護学級の他の子の場合は出来なかった理由って
この辺りにあるように思っています。
こんばんわ~☆
minminさんのR子さんとの思い出、お子さんのK子ちゃん
との交流のお話しからも、いかに障がい児と交流していくことが
重要かが伺えます。
本当は、子育て中のお母さんにも障がいのことを伝えたいな~
と思っているんですけど、子育てサークルで出会ったお母さんに、
ダウン症のことを話している位なんです。
小さい時から知っていれば、「ダウン症のおひーさま」ではなく、
「おひーさま」として、お母さん方も接してくれると思うのです。
実家の近所のおばちゃん達(60~70代)がそうなので・・・
彼女達にとって、生まれた時から知っているおひーさまは
「おひーさま」でしかなく、障がいの部分はあまり関係ない
みたいなんです。ただ「可愛い」みたいなんです。
この感覚って、実はとても重要なんですよね?
私がみよちゃんの使った水道の列には並べたのに、
養護学級の他の子の場合は出来なかった理由って
この辺りにあるように思っています。
Posted by ひーまま
at 2011年02月12日 02:01

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