2010年07月18日
2008年9月中旬 義父の死 1
この記事は回顧録です。
妊娠初期は酷い悪阻に苦しんでいたひーまま
ほとんど食べられなかったので、こんなに食べられなくて
「栄養はきちんと赤ちゃんに行っているのかしら?」
「赤ちゃんは大丈夫なのかしら?」
と妙に心配になることも少なからずありました
そして、もう一つ気がかりだったのが義父のこと…。
義父の膵臓に腫瘍があって、どうやら悪性らしい…。
ちょうど妊娠を知った頃に、義父は入院となり、
医師からは「手術をするには体力的に危険」
「あと半年くらいの命でしょう」
と宣告されました
ひーぱぱは仕事をしながら、私を病院に送り義父のお見舞いに行く
という超多忙な生活を2週間位続けていました。
高齢妊娠は妊娠初期に流産する率が高いと知ったので、
妊娠報告は安定期に入ってから、お互いの両親にしようと
ひーぱぱと決めていました
「あと半年なら、何とかお腹の赤ちゃんにも会ってもらえそうだし!」
と安心もしていました。
(あまりにも悪阻が酷かったので、すぐにバレたと思うけど…)
ところが、義父の様態は日に日に悪化し、医師からは
「今月を乗り切ることも難しくなってきました」と…
時期尚早だけれど、見切り発車みたいだけれど、
義父だけには妊娠報告をしておこう!と決めて、
意識がもうろうとする義父に、ひーぱぱから伝えてもらいました。
「おとーだけに伝えるね。来年5月に赤ちゃんが生まれるんだよ!」
と、次の瞬間、
「良かったなぁ~!おめでとう!!」
「いい時期に生まれて来るな~」
としっかり言ったそうです。
なんと!意識が回復したのです
そして、2時間後にはもうしっかり義母、義姉、義妹に伝わっていて…。
「危篤だと思ったから、おとーだけに伝えたのに、
持ち直して、ペラペラ喋っちゃたんだよ~!」ってひーぱぱ…
喜ぶべき所でしょ?
とは言っても、やはりその月を超すのは難しい状況だったので、
ひーままもフラフラ状態で義父に会いに行きました。
酸素マスクがかけられた苦しい中で、義父は、
「おめでとう!5月かぁ?いい時期に生まれて来るなぁ~!」
「あんたはいい子だから、生まれて来る子もきっと、いい子だ!」
と言ってくれました
これが義父と交わした最後の言葉となりました…。
2009年2月中旬~下旬 妊娠糖尿病と十二指腸閉鎖
2009年2月初旬 羊水検査を考える
2008年12月下旬~1月上旬 性別判明
2008年12月中旬 胎動確認
2008年11月中旬 謝るくらいならっ!
義父さんがいったように、きっとひ−ちゃんは良い子ですよ。ダウン症児は才能ある子が大勢いますもの。神様は平等です。私も障害を持っていますが、歌声と敏感な感性を授けてもらいました。
ひ−ちゃん、期待の星ですp(^^)q
お義父さま、残念でしたね…。でもお義父さまがずっとおひーさまを見守ってくれますね…!
私も妊娠がわかったころ、父の大腸がんが発覚し、まだ5週だったので言わないつもりだったけど、手術頑張ってもらうために発表しちゃいました。幸い父は無事退院できましたが…。
でもその一ヶ月くらいあとにダンナの祖母が突然亡くなってしまいました…。
なので義父はマナを祖母の生まれ変わりだとずっと言ってますね〜。
生と死ってなにか不思議なものがありますよね…。
コメントをありがとうございます。
鳥子さんは、本当に生と死を垣間見られたという感じがします。
どの死も受け入れることは、本当に辛いですよね?
流産もとってもとってもお辛かったでしょう…。
私も、おひーさまは豊かな才能を持って生まれて来たに違いない!と思っています。その才能探し当て、伸ばしていくのが親の務めだと思い、毎日、毎日、おひーさまの才能探しをしています(^^ゞ。
鳥子さんの歌声、聞いてみたいなぁ~♪

コメントありがとう!
お父様の手術が成功して良かった(^O^)/。
うん、うん、妊娠報告って、いつしたらいいのか本当に迷って…。
でも、義父に伝えて本当に良かったよ!
うちでも、夫の実家・親戚では、おひーさまが義父の生まれ変わりと言われてて…。とっても良い義父さんだったので、似てくれたら嬉しいなぁ~!(^^)!
ほんと!生と死って不思議なものがあるよね~。
