2010年3月中旬 心臓手術後2

ひーまま (陽満々)

2011年03月31日 23:44

水分制限のため、実際食べた食事量や尿の量を測ったり、
レントゲンやエコーで忙しく病棟生活は過ぎていきました。
おひーさまの場合は術後がとても順調だったようで、
(あの喰いっぷりなら、そうだわ~)
酸素ボンベも食事前の酸素吸引も3日位で終わりました

ただ一つだけ不安だったのが、38度台の高熱が続いていたこと
先生曰く、機能を元に戻すため、心臓が良く動いている結果?だとか・・・
な~んとなく理解できたけれど、おひーさまはほとんど発熱したことがなく、
知恵熱位しか出さないので、やはり不安で・・・
アイスノンと熱さまシートは必須アイテム化していました。

不安がっていても仕方ないし、こういう時こそ楽しくとばかりに、
毎回熱さまシートに「気合いだぁ~!」、「根性だぁ~!」、「ガッツ!」
などと記して解熱祈願
毎朝、消毒に来て下さる若くて男前のS先生は
「今日は必勝!ですかぁ~?お母さん面白いですね!」
胸キュンスマイル

なので、おひーさまの胸の大きなバンドエードに油性マジックで
「S先生、男前ですね!うふっ」と書こうとして、
同室ママから、「感染したらどうするの~?」と大目玉
不安だ、心配だと言いながら、な~んだかんだ言って
病棟ママ生活を楽しむひーままがいました


そんな呑気なことを考えたりやっていられたのも、
おひーさまの術後の経過や回復力が良かったからでしょう
特に、「心臓手術って凄いわと思ったのは・・・
夜中に甲高くてデカイ泣き声がすることがあって、
「誰っ?」と不機嫌マックス状態で起きると・・・
犯人はなんとおひーさま

次の日に手術を控えていたMちゃんと同室だったので、
これは退出せねば!と、なぜかトイレに逃げ込むひーまま
寝ぼけた状態だったので、おひーさまのデカイ声がサイレンのように
聞こえて反射的に個室トイレに行ったのだと思います。
(消防士だった亡き祖父は地震の時はトイレに行け!と言っていた)

ダウン症児はあまり大きな声を出さないと読んでいたし、
おひーさまの声は小さい方ではなかったけれど、
あまり大きな声で泣き続けることはなかったのでビックリ
心臓の穴のために、これまでは不可能だったことが
色々と出来るようになってきたんだなぁ~と感心しきりで・・・


先生方は男前が多いし、病棟ママ達はみんないい人ばかりで、
心臓カテーテル前は毛嫌いしていた病棟生活がとっても楽しく
なって来ていた所・・・
「エコーの結果がとても順調だったので、明日退院して下さい」
と主治医から伝えられて、何だかとっても淋しくなったひーまま
最後の晩はダウン症児の先輩ママで同い年のKさんと明け方
まで語り明かしました。

退院の日、病室を出て行こうとすると、
「おめでとう!」、「良かったね!」とたくさんのお友達や
ママ達が病棟の出口の所までお見送りしてくれました
なんだかウルウルしちゃいました
お迎えに来てくれたひーじじもウルウルしていたし・・・


そして、退院してから間もなくして、おひーさまの首が
据わっていることに気付きました
ダウン症児は筋肉の弱さから、首が据わるのが遅いことは
良く知られていることですが、1歳近くになっても
据わらなかったので、さすがに心配していた所でした

おひーさまの場合の血色が良く、ダウン症専門クリニックの先生からも
心臓に疾患があるようには見えない!と言われ続けて来たのですが、
穴が首据わりに何らかの悪影響を与えていたのだと思います
生後すぐに十二指腸閉鎖の手術を受けさせていることもあって、
最初は心臓手術は受けさせたくない気持ちでいっぱいでした

でも、こんな風に元気になったり、運動機能も向上したり
だったので、もっと早く受けさせていた方がおひーさま自身は
楽だったのかな?と思う気持ちと・・・
傷(とっても綺麗)を見る度に、「なんでうちの子にだけ?」と思う
親なれば?の気持ちが今でも拮抗しています

この二者対立は時が解決してくれるのだと思うし、
何よりおひーさま/ひーままではなく、
おひーさま/おひーさをきちんとしていれば、
いつか消えていくのだと思っています
ひーまま、未だ修行が足りない!ってことだぁ~













「毎回、こんな熱さまシートを貼られていた姫(>_<)」
「ママ、ひどいでしょう?」


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