2008年9月中旬 義父の死 1

ひーまま (陽満々)

2010年07月18日 02:06

この記事は回顧録です。

妊娠初期は酷い悪阻に苦しんでいたひーまま
ほとんど食べられなかったので、こんなに食べられなくて
「栄養はきちんと赤ちゃんに行っているのかしら?」
「赤ちゃんは大丈夫なのかしら?」
と妙に心配になることも少なからずありました

そして、もう一つ気がかりだったのが義父のこと…。
義父の膵臓に腫瘍があって、どうやら悪性らしい…。
ちょうど妊娠を知った頃に、義父は入院となり、
医師からは「手術をするには体力的に危険」
「あと半年くらいの命でしょう」
と宣告されました

ひーぱぱは仕事をしながら、私を病院に送り義父のお見舞いに行く
という超多忙な生活を2週間位続けていました。

高齢妊娠は妊娠初期に流産する率が高いと知ったので、
妊娠報告は安定期に入ってから、お互いの両親にしようと
ひーぱぱと決めていました
「あと半年なら、何とかお腹の赤ちゃんにも会ってもらえそうだし!」
と安心もしていました。
(あまりにも悪阻が酷かったので、すぐにバレたと思うけど…)


ところが、義父の様態は日に日に悪化し、医師からは
「今月を乗り切ることも難しくなってきました」と…


時期尚早だけれど、見切り発車みたいだけれど、
義父だけには妊娠報告をしておこう!と決めて、
意識がもうろうとする義父に、ひーぱぱから伝えてもらいました。

「おとーだけに伝えるね。来年5月に赤ちゃんが生まれるんだよ!」

と、次の瞬間、
「良かったなぁ~!おめでとう!!」
「いい時期に生まれて来るな~」
としっかり言ったそうです。
なんと!意識が回復したのです

そして、2時間後にはもうしっかり義母、義姉、義妹に伝わっていて…。
「危篤だと思ったから、おとーだけに伝えたのに、
持ち直して、ペラペラ喋っちゃたんだよ~!」ってひーぱぱ…
喜ぶべき所でしょ?


とは言っても、やはりその月を超すのは難しい状況だったので、
ひーままもフラフラ状態で義父に会いに行きました。
酸素マスクがかけられた苦しい中で、義父は、

「おめでとう!5月かぁ?いい時期に生まれて来るなぁ~!」
「あんたはいい子だから、生まれて来る子もきっと、いい子だ!」
と言ってくれました


これが義父と交わした最後の言葉となりました…。








 


関連記事